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真宗大谷派大垣別院開闡寺は真宗大谷派(東本願寺)を本山とする別院です。

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 テレホン法話 2016年  

  放送日 タイトル 法 話
546 2016年4月1日〜 毬栗と雲丹 第12組 善性寺 井上千有
 昨年、テレビ番組である実験をしているのを観ました。その実験というのは「水族館の水槽(すいそう)の中に『毬栗(いがぐり)』を入れておいても『雲丹(うに)』ではないと気付かないのではないか」というものでした。結果はどうだったかというと、水槽を観た人は疑問や違和感を持つことは無く「雲丹の水槽だ」とか「雲丹がいるなあ」というぐらいでしかありませんでした。そんな中で小学校低学年ぐらいまでの子供たちだと思いますが、子供たちは水槽を観てすぐに『毬栗』だと言いました。その親たちは「それは雲丹っていう海の生き物なんだよ」などと子供たちに言って聞かせていました。実際のところは、子供たちが『毬栗』なのか『雲丹』なのかをちゃんと把握していたのかは判りません。
 私はこの実験から、ひとは普段からいかに『先入観・固定観念・思い込み』といったものに支配されているのかということを感じました。水族館だから海の生き物しかいないと思い込み、判断力を低下させているのでしょう。身近なことで言えば、皆さんは初対面の人を『見た目・雰囲気・職業』などで判断しているのではないでしょうか。自分勝手な思い込みでしかありません。このことは生活の中の様々なことで起こりえることなのです。
 また、子供たちの反応から、ひとは経験したことでしか物事を判断できないということが解ります。子供たちが『雲丹』という生き物を知っていたのかは解りませんが、ひとは経験によって物事などを判断する『ものさし』を創り上げていくのです。それが、ひとそれぞれの考え方や個性などにつながるのだと思います。
 しかし、年を取り大人になるにつれて『先入観・固定観念・思い込み』などによって経験することの大切さを見失い、自分が創り上げてきた『ものさし』によって、本質を見極める、人間の柔軟な判断の妨げになっているのではないでしょうか。


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