テレホン法話(0584-78-3452)TELEPHONE SERMON
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放送日 |
タイトル |
法 話 |
634 |
2019年12月1日〜 |
弥陀の名号となへつつ |
第10組 西法寺 栗田寛樹 |
弥陀の名号となへつつ 信心まことにうるひとは
憶念の心つねにして 仏恩報ずるおもひあり (『真宗聖典』478頁)
三帖和讃の最初にこういう御和讃がございます。親鸞聖人は阿弥陀様の助けずにはおかないの御心を疑いなく頂かれたなら、仏恩報ずる思い、お念仏を称えずにはおられないと仰っておられます。我々がお浄土に生まれてまいります因となるのは、如来より賜る御信心、お念仏は報恩の行でございます。けれども、これは別々のものではございません。
真実の信心は必ず名号を具す (『真宗聖典』236頁)
まことの信心を得たならば、それは自然と称名、お念仏として口から現れますよ、とのお示しでございます。
皆さんは、火吹き達磨という道具をご存知でしょうか。火吹き達磨と申しますのは、銅でできた小さな達磨のことです。口のところに小さな穴が開いております。これを水に漬けますと、口からおなかの中に水が入ります。昔は寒くなると火鉢を使いました。灰の上に炭を熾して暖を取る道具です。今はあまり見ませんよね。この炭のそばに、水を入れた火吹き達磨を置きます。すると、だんだんと達磨が熱せられまして、中の水が沸いてまいります。やがて、達磨は口の穴から蒸気を吹きます。その吹いた蒸気が炭にかかり、火の勢いを強くします。すると達磨は、ますます強く蒸気を吐くようになる、というなかなか面白い道具です。寒い夜などにはなかなか重宝されたようです。
阿弥陀様のお慈悲も、まさに火吹き達磨のようなものです。大信心の水がこの身の内に入り込み、摂取の光明に照らされて、「なんまんだぶつ、なんまんだぶつ」と口より吹き出してまいります。御名を呼ぶこと下十声に至るまで、称えるごとにますます歓喜の熱が起こり、熱の起こるにしたがって今日もお念仏を称えさせていただきます。なんまんだぶつ。なんまんだぶつ。 |