お葬式や法事、日々の勤行でお内仏の前に座ると亡き人をご縁に様々な事を思い出します。 お祖母さんを亡くした事、叔父さんを亡くした事、伯母さんを亡くした事、友人を亡くした事、尊敬する先輩を亡くした事など。坊主と言えども言葉もなく、ただ共に涙を流すしかないときが少なくはありません。ですが別れて初めてその人の偉大さに気付く事も多いです。 仏教では、私たちが生きているこの世の中を、この社会を「娑婆」と呼びます。 「娑婆」の語源はインドの言葉「サハー」です。「サハー」には「忍ぶ」という意味があります。痛いのを我慢する、苦しい事を耐え忍ぶ、他人から被った迷惑に耐えていく。これが「サハー」であり「娑婆」の意味です。 お釈迦様の言葉には「人生は苦悩の世界です。生あるものは、すべて「四苦八苦」をこの身に受けていかねばなりません。」とあります。 四苦とは、生、老、病、死です。生まれる苦しみ、年老いる苦しみ、病と向かい合う苦しみ、そして死を迎える苦しみです。 八苦とは生、老、病、死に加えて、 「愛別離苦」「怨憎会苦」「具不得苦」「五蘊盛苦」をいいます。 「愛別離苦」は愛する人といつか別れねばならない苦しみ、 「怨憎会苦」は憎たらしい人と一緒に生活しなければならない苦しみ、 「具不徳苦」は欲しいものが思うがままに手に入らない苦しみ、 「五蘊盛苦」は好き嫌いが盛んに起こるこの身の苦しみです。 人生は楽しいという人もいますが、多くの人は苦を味わいながら生きています。 迫り来る老、病、死に怯え、大切な愛しい人と別れ、憎たらしい人と出会い、欲しい物がいっぱいあり、好き嫌いは人一倍強く、本当に困った存在であります。 娑婆に生きる私が、これからも迎える四苦八苦の苦悩に、どう向かい合い生きるのか仏法を聞き今をしっかりと生きていきたいと思います。
仏法を聞いて、生きかたは何も変わらないかもしれません。ただ苦悩の受け止め方が変わるのだと思います。
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