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真宗大谷派大垣別院開闡寺は真宗大谷派(東本願寺)を本山とする別院です。

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〒503-0897 岐阜県大垣市伝馬町11番地

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テレホン法話 2013年  

  放送日 タイトル 法 話
462 2013年7月1日〜 待つ 第16組皆善寺 寺倉信暁

 先日、テレビで茶人の千宗屋(せんそうおく)さんが『「待つ」ということ』という本を紹介していました。現代社会は、待たなくてよい社会になってきているそうです。インターネットですぐに何でも調べることができるので、一度自分の中でじっくりと考えることがなくなっているそうです。
 自分も少し気になることがあると、携帯電話で調べることがあります。とても便利なので、手放せなくなっています。確かにいつでもなんでも調べられるのは便利ですが、苦労せず調べたものは、感動がないせいかすぐに忘れてしまいます。すぐに調べて納得すると、ずっと頭に残って考えるということが減ってくる気がします。現代においてすぐに答えや結果を出すくせがついて、じっとする時間や、じっくり考える時間が減ってきているかもしれません。
 飲食店などでも、待たせないことがサービスになっています。そうすると、少し待つだけでストレスを感じてしまうことがあります。待つことができないと、自分や生活に余裕がなくなってくるかもしれません。
 子どもに絵本を読んだ後、すぐに感想を聞くと、子どもが絵本を嫌いになると聞いたことがあります。余韻に浸る時間も無く、すぐに感想を求めるというのは、待つことができないからかもしれません。
 おいしいお店に並んで待つことや、注文した商品が届くのを待つときなどの、楽しい「待つ」というのもあります。ただ、必ずしも自分が待っていた事がやってくるとは限らないので、楽しみに待っていたことが絶望に変ることもあります。
 病気や介護などで長期的に「待つ」こともあります。待たざるを得ない、待つしかないといった感覚でしょうか。待っている間は辛いことが多いかもしれないですが、その時にしか分からないこともあります。
 宗屋さんは、「待つ」ことがなくなってきている根底には、「何でも自分でどうにかできるといった思い上がり」があると言われていました。「待つ」ことをなくしていく事は、自分に都合の悪いことを排除しようという人間の傲慢(ごうまん)な行為かもしれません。「待つ」ことがなくなるのは便利なことに思えます。しかし、都合の悪いことも受け入れ、自分自身を見つめ直す時間が失われるのではないでしょうか。
 あせらず、じっくり「待つ」ことも大事だと感じました。



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