この度は、初めて別院テレホン法話をさせていただくご縁をいただき大変ありがとうございます。 私は、現在養老町にあります西福寺というお寺で住職をさせていただいております。元々私は大垣の静里の生まれなのですが、縁あって一昨年の4月に入寺させていただき住職になりました。まだまだ住職としては足りない部分も多く、門徒の皆様に助けていただきながら日々生活しております。 そんな住職の傍ら私は、お寺の合唱団に所属しておりまして、仏教讃歌を歌わせていただいております。仏教讃歌は、我々にとってなかなかなじみくい仏教の教えを、音楽に乗せて親しみやすく伝えていくために作られ、お寺の法要などで歌われています。 私たち真宗門徒が、最もよく歌う仏教讃歌と言えば「恩徳讃」です。 他にも、沢山仏教讃歌はありますが、最近私が歌っている曲で、気になっているのが、「生きる」という曲です。 「生かされて生きてきた 生かされて生きている 生かされて生きていこうと 手をあわす なむあみだぶつ」と言う歌詞です。 私たちは普段、自分の力でどうにかして生きようとしています。しかしながら、実は私たちは自分の力ではどうしようもない力、はたらきによって生かされている、ということです。 私自身が生かされていることのありがたさに気付いて、それに手を合わせて「なむあみだぶつ」とつながっていくことが大事だということです。 私は、決して自分の力で生きているのではない。周りの人たちに助けられながら、ご縁をいただきながら生かされているということを改めて考えさせられます。 仏教で言うところの四苦は生老病死。最初は生きる苦しみ。普段から私自身の中にある生きる事への苦しみは絶えないけれど、仏教讃歌を通して、生かされているこの私に出遇って生きていく中で、その苦しみを越えて行ければと思っております。
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